塩素消毒

A 水の消毒と塩素の特性

1 塩素消毒とは

 水道水は衛生的に安全でなければなりませんが、このために塩素消毒が行われています。
 現在、我が国の水道水は、水道法により遊離塩素または結合塩素で消毒を行い、給水栓水での残留塩素量が遊離塩素の場合は0.1mg/l以上(結合塩素の場合は0.4mg/l以上)、ただし、病原菌による汚染の疑いがあるときや水系感染症流行時は、遊離塩素0.2mg/l以上(結合塩素の場合は1.5mg/l以上)と定められています。

@ 消毒と殺菌
 厳密には、消毒は病原菌を殺菌して伝染する事がないようにすることを意味し、他の菌の殺菌についてはあまり問題にしていません。これに対して殺菌は病原菌以外の微生物も殺滅することを意味しています。両者は通常区別して用いられることはあまりありませんが、水道では殺菌ではなく消毒と言う言葉を用いています。

A 遊離塩素とは
 水道水を造るために水を塩素化合物で消毒しようとする際、例えば塩素ガスを水に溶かすと、水と反応して次亜塩素酸と塩酸とが発生し、更に次亜塩素酸の一部は次亜塩素酸イオンと水素イオンとに解離します。次亜塩素酸と次亜塩素酸イオンは遊離残留塩素または有効塩素と呼ばれ、その強い酸化力で微生物やウィルスなど病原生物の細胞膜や細胞壁を破壊し、内部の蛋白質や核酸を変性させることで殺菌または消毒の効果を発揮します。

B 結合塩素とは
 自然水にはアンモニアやその化合物を含むことがあり、それらは一般的な浄水場の処理だけでは必ずしも取り除くことができません。遊離残留塩素はこれらと反応してクロラミンとなります。クロラミンは水のpHの違いによってモノクロラミン(NH2Cl)、ジクロラミン(NHCl2)、トリクロラミン(NCl3)になりますが、一般に水道水に含まれるのはモノクロラミンとジクロラミンです。このモノクロラミンとジクロラミンを結合塩素と言います。すなわち、結合塩素とは天然の汚染した水に存在するアンモニアあるいは有機アミンと塩素が化学的に結合して水中に存在する残留塩素と定義づけられます。
結合塩素は遊離残留塩素に比べればおよそ数分の1の効果ではありますが、酸化力に由来する比較的強い殺菌または消毒力を持っています。結合塩素の殺菌力は塩素には劣りますが、安定で長時間分解せず残留効果が大で、しかも塩素のようないわゆる「カルキ臭」がないなどの特長があります。しかし、注入方法やその管理方法が複雑なためあまり用いられていません。

C 総塩素とは
 総塩素とは遊離塩素と結合塩素の合計です。ほとんどの水道水に塩素を添加すると、アンモニアあるいは有機窒素化合物(結合塩素を形成するために必要な)の濃度が非常に低いので、基本的には総塩素と遊離塩素とは等しくなります。都市水道水にクロラミンが存在すると、総塩素濃度は遊離塩素濃度よりも高くなります。

2 塩素消毒の長所と問題点

 塩素注入が行われるようになったのは、1890年代になってからですが、すでに100年以上経過した現在でも、塩素は依然として世界的に水道水の最も重要な消毒剤として用いられています。なお、現在塩素消毒剤 としては液体塩素、次亜塩素酸ナトリウム、次亜塩素酸カルシウム(高度さらし粉を含む)などがあります。

@ 塩素消毒の長所

1.塩素は消毒の効果が大きくて確実であること、
2.消毒の効果が後々まで残ること(残留効果)、
3.大量の水に対しても容易に消毒できること、
4.残留塩素の測定が容易で維持管理が容易なこと
など消毒剤として優れた性質を持っています。

<参考>残留効果とは:消毒の効果がすぐ消えてしまうと、水道のように浄水場から末端の給水栓までの距離が長い場合など、その途中で微生物が再増殖してしまう恐れがあります。このような微生物の再増殖現象をリグロースとかアフターグロースと言いますが、これを防ぐためには塩素のようにその効果が持続する残留効果が必要となります。残留塩素とは、水道の水の中に存在させることが必要な遊離残留塩素と結合残留塩素とを合わせたものです。

A 塩素消毒の問題点

 我が国では1960年代頃から産業の急速な進展に伴って自然環境の汚染が進み、河川、湖沼などの表流水や地下水も次第に汚濁が進むようになりました。これらの自然水を水源とする水道水も環境汚染の影響を免れることは出来ず、塩素の注入量も増加し、その増加と共にいろいろな問題が起こるようになりました。
 ●先ず、水道水中に発ガン性や催奇形性など毒性のあるトリハロメタンの発生が見られるようになったことが挙げられます。
 ● また、特定の物質、例えば工業廃水などに混入することのあるフェノール類は、極微量でも塩素と反応して強い臭気を持つクロロフェノールとなります
 ● さらに、塩素に対して抵抗力の強い(塩素耐性のある)クリプトスポリジウムによる水道の汚染事故も 、マスコミなどの報道により我々の記憶に新しいところです。
このような状況を背景に、塩素の健康に対する問題がクローズアップされ、塩素に代わる消毒法、すなわち代替消毒法の研究が急がれるようになりました。

<参考>トリハロメタン (THM:Trihalomethanes):富栄養化した湖沼水やそれを水源とする河川水中の有機物質、下水などが混入した河川水中の有機物質、或いは自然水中に存在する着色物質であるフミン質などの有機物質(これらの有機物質をトリハロメタン前駆物質と言います)と遊離塩素との反応により生成する消毒副生成物です。
 トリハロメタンは、メタン(CH4)の4個のHのうち3個が塩素や臭素などのハロゲンで置換されたもので、その発ガン性や催奇形性から水道の水質管理上大きな問題となってきました。
 1978年11月29日アメリカのEPA(Environmental Protection Agency:環境保護庁)は、世界に先駆けて水道水中の総トリハロメタン濃度を定め0.10mg/l以下としました。続いてWHO(世界保健機構)がクロロホルムとして0.03mg/l以下のガイドラインを勧告し、その後世界各国でもトリハロメタンの水道水中における濃度の規制を始めました。
 我が国では、1981年(昭和56年)3月25日付けで総トリハロメタン濃度(クロロホルム、ジブロモクロロメタン、ブロモジクロロメタン、トリブロモメタンの合計濃度)として年間平均値0.10mg/l以下の実施が厚生省より指示されました。
 現在トリハロメタンは、4種のトリハロメタンと総トリハロメタンについて水質基準の「健康に関連する項目」の中で次のような基準値が設けられています。

クロロホルム(トリクロロメタンCHCl3) 0.06mg/l以下
ジブロモクロロメタン(CHBr2Cl) 0.1mg/l以下
ブロモジクロロメタン(CHBrCl2) 0.03mg/l以下
ブロモホルム(トリブロモメタンCHBr3) 0.09mg/l以下
総トリハロメタン 0.1mg/l以下

B 塩素消費の特性

1. 不連続点塩素処理と結合塩素処理

 結合残留塩素は過剰の遊離残留塩素と反応して消失してしまいます。その結果、水中のアンモニアやその化合物が全て結合残留塩素に変化し終わった後更に塩素ガスの注入量を増やしてゆくと、結合残留塩素も遊離残留塩素も共に消失してゆき、ついにはある注入量でゼロに近くなり、殺菌や消毒の効果を失ってしまいます。このときの注入量を不連続点と呼びます。不連続点から更に塩素ガスの注入量を増やすと、再び遊離残留塩素のみが増加してゆき、殺菌・消毒効果が増してくるのです。

 不連続点を越えた遊離残留塩素による塩素消毒を不連続点塩素処理と呼びます。

 過剰の遊離残留塩素を出さないようにして結合残留塩素のみで殺菌または消毒力を発揮させる方法を結合塩素処理と呼びます。

 不連続点塩素処理(遊離残留塩素を使う)と結合塩素処理(結合残留塩素を使う)のどちらが殺菌または消毒法として好ましいかは、安全性から観れば水中に含まれ得る不純物の量や構成によって異なるため一概には言えませんが、少なくとも経済性から観て少ない塩素注入量で済む方が良いのは論を待たないし、飲料水としての水道水中に塩素化合物が増えることは少なくとも好ましいとは言えないでしょう。このため、上水道ではアンモニアやその化合物をはじめとする不純物が極力含まれないような水源を選ぶと共に、その水源を行政・地域住民・土地管理者が協力して保全し、こうした不純物を混入させないようにしてゆく取り組みが大切となります。

2 水質と遊離残留塩素・結合塩素の関係

 次亜塩素酸ナトリウムを水に注入していくと残留塩素も増えていきます。ここで、塩素は強力な酸化剤でもあることから、細菌などを不活化するだけでなく無機物・有機物を問わず酸化できるものはすべて酸化し、自らも分解されます。また水中にアンモニア成分が含まれていると遊離残留塩素ではなく、クロラミンなどの結合塩素となります。

 塩素の注入量と残留塩素の種類および濃度の関係は水質(含有成分)によって、図のI・II・IIIのようなカーブを描きます。

 清浄な水(I)では注入量に比例して遊離残留塩素が増加します。

 塩素を消費する成分(鉄分などの酸化可能なもの)を含む場合(II:ただしアンモニア成分なし)では、最初には遊離残留塩素は生じませんが、ある程度注入していくと遊離残留塩素が現れ始めます。(a:この間、水中の成分を酸化分解しています)

 アンモニア成分を含む場合(III)では、ある程度注入すると結合塩素を生じ始めます(b)。さらに注入を続けると結合塩素はいったん極大値(c)を示し低下を始めます。(この間、結合塩素は注入した塩素で分解されていきます)そして、極小点(d)に達するとまた注入量に比例して遊離残留塩素のみが直線的に増加します。

※この極小値(d)を不連続点またはブレークポイントといい、不連続点を少し超えた遊離残留塩素濃度に制御する浄水の殺菌方法を「不連続点(ブレークポイント)処理」といいます。

3 殺菌効果

 図にも記していますが、遊離残留塩素として存在しているか結合塩素として存在しているかは水質と濃度によって異なります。殺菌効果の点でいえば遊離残留塩素の濃度を管理すべきでしょう。(水道水以外のプールや浴槽の消毒には「塩素=遊離残留塩素」のみを対象としていることがほとんどです。)

 殺菌効果の面からは遊離残留塩素の濃度を管理する必要があります。(I)のような清浄な水では遊離残留塩素のみを生じますから、理論注入量のままでかまいません。(II)や(III)の水質では理論注入量よりも多く注入する必要があります。

 (III)のようにアンモニア成分を含む場合の塩素注入量は、一般にアンモニア成分量の10倍(アンモニア成分が1mg/Lで あれば塩素が10mg/Lになるのに必要な量)注入する必要があると言われています。

4 塩素要求量と塩素消費量

 水に塩素を注入していき、結合残留塩素を検出し始めたとき(b)の塩素注入率が塩素消費量です。これに対し遊離残留塩素が検出され始めるときの塩素注入率(図ではa,d)を塩素要求量といいます。 一般には両者をあわせて「塩素消費」と呼ぶことが多いようです。

C 次亜塩素酸ナトリウムについて

 2008.3.28付けで厚生労働省から「水道用次亜塩素酸ナトリウムの取扱い等の手引き(Q&A)」が配布されました。その内容をポチなりにまとめたものです。

1.水道用次亜塩素酸ナトリウムとは

 市販の水道用次亜塩素酸ナトリウムは、通常、主成分である有効塩素が12 %以上、pH12以上の淡緑黄色の透明な液体です。 中身は、次亜塩素酸ナトリウムの他に、その分解を抑制するための水酸化ナトリウム、食塩(水道用は4 %程度以下のものがあります。)、次亜塩素酸ナトリウムの酸化物としての亜塩素酸ナトリウムと塩素酸ナトリウム、及び製造時の不純物である臭素酸を含む水溶液といえます。

2.塩素酸・臭素酸の水質基準項目

 次亜塩素酸ナトリウムの注意すべき薬品基準項目は、臭素酸と塩素酸です。

 塩素酸については、浄水における検出状況を踏まえ、平成20年4月から、水質基準項目(基準値0.6 mg/L 以下)へ追加され、薬品基準についても現行基準値0.6 mg/L 以下から0.4 mg/L 以下(経過措置として、平成23年3月31日までの間は、0.5 mg/L以下)と強化されました。

臭素酸は、オゾン処理時及び消毒剤としての次亜塩素酸生成時に不純物の臭素が酸化され生成されます。水質基準値として0.01mg/L以下と規定されています。

3.次亜塩素酸ナトリウムの分解の特徴

1)分解の特徴

 次亜塩素酸ナトリウム溶液は不安定な物質であり、保存中に徐々に自己分解して塩化ナトリウムと酸素を生成します。その際、副反応として亜塩素酸ナトリウムを経て、塩素酸ナトリウムを生成します。分解の特徴は次の通りです。
@ 常温でも不安定な化合物で徐々に自然分解します。
A 日光、特に紫外線により分解が促進されます。
B 温度の上昇とともに分解率は増加します。
C 溶液中にコバルト、ニッケル、銅、鉄等の重金属及び塩類が存在すると著しく分解が促進されます。
D 分解時には酸素を放出するので、分解時における気泡の発生によって注入不良事故等を引き起こすことがあります。
E 遊離アルカリ(かせいソーダ)と硬度成分等とが反応して炭酸カルシウムの析出により、注入管内にスケールが付着し注入不良となる場合があります。
F 酸と接触すると分解して有害な塩素ガスを放出します。

2)温度による経日変化

 次亜塩素酸ナトリウムは保管温度が高いと分解が速く、有効塩素濃度が急激に減少し、逆に塩素酸濃度が急激に増加します。それ故、特に、原水にアンモニア態窒素が多く含まれる等、塩素注入率の高い水道事業者においては、塩素酸の薬品基準を遵守するために、次亜塩素酸ナトリウムの適切な管理が求められます。
 なお、分解の中間物質である亜塩素酸は、概ね1,000 mg/kg 以下で平衡状態となるため、現行の薬品基準を超過することはないと考えられます。

 次亜塩素酸ナトリウムは時間とともに分解し、有効塩素は減少、塩素酸は増加します。その関係は、有効塩素が1%減少すると塩素酸が概ね3,500 mg/kg増加するといえます。分解速度は、温度の影響が大きく、有効塩素12 %のものが10 %に減少し塩素酸が初期濃度よりも更に7,000mg/kg増加するまでの期間は、温度要件だけを考慮した場合30 ℃で保管すると約20日、20 ℃では約80 日です。
 現場における有効塩素等の簡易な測定方法は現在のところありません。

 また、下図は臭素酸について、初期濃度別に示したものです。臭素酸は、保管温度が高くても、濃度変化しません。しかし、有効塩素濃度が減少した分、次亜塩素酸ナトリウムが増量注入されるため注意が必要です

3)初期の有効塩素濃度と分解速度の関係

 分解速度は初期の有効塩素濃度の影響を大きく受けます。次亜塩素酸ナトリウムの分解速度は、濃度が高いものほど分解速度が速くなります。
 有効塩素が概ね3 %を下回ると保管温度が高くてもほとんど分解しません。それ故、水道水中においては、通常、塩素酸が上昇することはないといえます。

4.購入に当たっての留意点

 水道水は飲用目的に使用されるため、水道水中に注入される次亜塩素酸ナトリウムは、不純物含有量が少ない高品質のものが望ましいといえます。  

次亜塩素酸ナトリウムは、製造段階においてグレードが異なることや、時間の経過とともに塩素酸が増加し品質が劣化するため、(社)日本水道協会では、水道用の次亜塩素酸ナトリウムについて品質の良い順に特級、一級、二級及び三級を設定しています。

特級品は、一級品品質と比較して塩素酸含有量を1/2以下(2000mg/Kg以下)、臭素酸を1/5以下(10mg/Kg以下)の品質のものとしています。

JWWA 特級品の品質

項目 品質
有効塩素 % 12.0以上
外観 淡黄色の透明な液体
密度(比重)(20℃) 1.16以下
遊離アルカリ % 2以下
臭素酸 mg/kg 10以下
塩素酸 mg/kg 2000以下
塩化ナトリウム % 2.0以下


 一級品は(仮に、有効塩素12.0 %、塩素酸4,000 mg/kg、臭素酸50 mg/kgのとき)出荷時から20 ℃以下で保管すれば、塩素としての最大注入率が10 ppmの場合でも、少なくとも7 日後までは、塩素酸の薬品基準0.4 mg/L 以下を確保できるものとしています。
 二級品は、塩素としての最大注入率を4 ppm 程度と想定して、塩素酸と臭素酸の含有率が高く設定されています。
 三級品は二級品と比べ、塩化ナトリウム含有率が高いものです。

 購入に当たっては、当該浄水処理状況(塩素最大注入率や設備等)を考慮し、目的にあったものを選択します。
 その際、購入仕様書を作成し、主成分である有効塩素濃度に加えて、不純物である臭素酸濃度、塩素酸濃度及び食塩濃度は必ず明記してください。
 (社)日本水道協会の水道用次亜塩素酸ナトリウム一級品を前提とした仕様書の品質記載例を下表に示します。

 購入品質の信頼性ですが、製造業者においては、次亜塩素酸ナトリウムの管理について、いわゆる「生もの」としての扱いをしています。そのため、製造業者から直接タンクローリーによって搬入されるものについては、納入時点において品質劣化の問題はないものと考えられます。
 しかし、有効塩素12 %以下のものや、少量使用者への搬入は、そのほとんどが製造業者からの直接搬入ではなく、いわゆる「小分け業者」によるものです。これらの製品については、どのような管理がされているのかは現段階では把握できていません。
 いずれにしても、次亜塩素酸ナトリウムは、いわゆる「生もの」のため、地域に密接した製造業者を選定することが望ましいといえます。なお、製造業者としては「日本ソーダ工業会」の会員企業が目安となります。

 また、次亜塩素酸ナトリウムの価格は、製品の品質及び有効塩素濃度、運搬する量、方法、距離などの影響も受けます。購入にあたっては地域性を考慮することが必要です。

5.保管時の留意点

 次亜塩素酸ナトリウムは強い酸化作用があります。そのため、容器の材質には配慮が必要です。金属類、繊維類のほとんどのものが腐食されます。耐食性の材料として優れたものは、チタン、ガラス、陶磁器、硬質塩化ビニール、ポリ塩化ビニリデン、ポリエチレン、フッ素樹脂、軟化塩化ビニール等です。ゴム類は耐食性が劣ります。

 次亜塩素酸ナトリウムは時間とともに分解する「生もの」として取り扱うことが重要です。分解を抑制する方法としては、低温(20 ℃以下が望ましい)保存が唯一最良の方策です。
 そのため、長期間の保管はできる限り避ける等の保管期間への配慮を行うとともに、気温が高い時期の対策として、大容量タンクによる屋外保管の場合は、日差しを遮る屋根を設けたり、断熱材や水を用いた冷却が効果・効率的です。次に、屋内保管の場合は、風通しを良くしたり、エアコンによる室内冷却がいいでしょう。地下水の温度が20 ℃以下の場合は、これを利用した水冷も効果的です。

 また、次亜塩素酸ナトリウムの分解を速める要因としては、溶液中の重金属等の不純物や、保管容器の汚れも影響するので、タンクや容器の洗浄も重要です。

6.注入に当たっての留意点

 次亜塩素酸ナトリウムも薬品ですので、薬品基準を遵守することが重要です。また、日頃から、次亜塩素酸ナトリウムの注入量(容量の減少具合)、補充頻度、注入ポンプ設定値の変化などに注意することも必要です。
 なお、次亜塩素酸ナトリウム中の塩素酸については、保管期間中に増加するため、その塩素酸濃度が最も上昇していると考えられる時点(有効塩素濃度は当初よりも減少している)において、次亜塩素酸ナトリウムの最大注入率を想定し、薬品基準に適合していることを確認することが大切です。

7.その他の注意事項

1)次亜塩素酸ナトリウムの人体に対する影響

@ 腐食度は水酸化ナトリウム(かせいソーダ)に匹敵します。
 酸性溶液と混合してpHが中性領域になると、次亜塩素酸を遊離し皮膚、粘膜を刺激しますが、吸収による全身中毒はほとんど起りません。酸性度がさらに増すと、塩素ガスを発生する危険性があります。
 次亜塩素酸ナトリウムの取扱い作業時には、十分な換気を行い、必要に応じてそれぞれ適当な保護具(マスク、ゴム手袋、ゴム長靴、ゴム衣、保護めがね等)を使用してください。
 誤って人体、衣服についた場合は、直ちに多量の流水で洗い流してください。万一飲み下した場合は、直ちに口の中を水で洗浄し、速やかに医師の診断を受けてください。

A 目に入った場合
 眼に入った場合は、激しい痛みを感じ、すぐ洗い流さないと角膜がおかされます。直ちに多量の流水で15 分以上洗眼し、速やかに医師の診断を受けます。

2)漏洩時の措置

@ 誤って酸と混合したときは、直ちに水酸化ナトリウム、水酸化カルシウム(消石灰)等のアルカリ剤で中和します。
A 発生した塩素ガスが多量で、周辺に拡散する恐れがある時は、消防署、警察署等必要な箇所に通報するとともに、風上に避難、誘導等の措置を講じる。

3)使用不能となった次亜塩素酸ナトリウムの取り扱い

 次亜塩素酸ナトリウムが分解するなど塩素酸の含有量が多くなると、通常の浄水処理で使用することができなくなります。
 次亜塩素酸ナトリウムの処分は、一般的には脱塩素・中和して廃棄する方法と、そのままの状態で産業廃棄物として業者に引き取ってもらう方法とがあります。
 しかし、浄水処理で使用不可となった次亜塩素酸ナトリウムでも、有効利用の観点から、下水道処理において利用可能ですが、処理水の塩素酸濃度を高めるため、水道原水中に回帰する可能性を考慮する必要があります

D 塩素消毒に関するトピックス

2013.06.09

次亜塩素酸ナトリウムの採用状況(2013.3.28日本水道新聞)

 平成24年度における水道事業体の次亜塩素酸ナトリウム採用状況の調査結果(160事業体の485施設を対象)では、全体の99%にあたる478施設が次亜塩素酸ナトリウムを使用し、うち1級品は357施設(75%)、特級品は58施設(12%)と、約9割の水道施設が上位品質の次亜塩素酸ナトリウムで対応されていることが判明しました。

 特級品の選択理由としては、塩素酸対策(35%)、品質管理(35%)が多く、不純物による注入不良など注入機への影響もありました。

 貯蔵設備に関する塩素酸対策では、温度管理(46%)が最も多く、在庫量管理(16%)、温度・在庫量管理(6%)となっています。また、対策を行っていないという回答が12%ありました。

 在庫量管理では全体の90%弱(406施設)が60日未満の貯蔵に心掛けていて、その内訳は、「15日分未満」が14%、「15日分以上〜30日分未満」が40%、「30日分以上〜45日分未満」が12%、「45日分以上〜60日分未満」が19%でした。一方、90日以上貯蔵している施設も20施設ありました。

 「水道用次亜塩素酸ナトリウムの取り扱い等の手引き(Q&A)」(H20年3月)によれば、有効塩素の濃度低下は、保管温度20℃で60日程度まではそれほど大きくないので、適切に貯蔵されていればおおむね妥当と言えるのでしょう。貯蔵方法を工夫し出来るだけ早く使用することを心がけるに越したことはないのですが。

「水道用次亜塩素酸ナトリウムの取り扱い等の手引き(Q&A)」(H20年3月)によれば、有効塩素の濃度低下は、保管温度20℃で60日程度まではそれほど大きくないので、適切に貯蔵されていればおおむね妥当と言えるのでしょう。貯蔵方法を工夫し出来るだけ早く使用することを心がけるに越したことはないのですが。

2009.04.23

残留塩素濃度低減化への見解(2009.4.16日本水道新聞)

 日本では水道法により、給水栓で保持すべき最低の残留塩素濃度は遊離塩素濃度で0.1mg/L以上とされていますが、残留塩素による塩素臭味が水道水のおいしさを損なっているとして、多くの事業体が残留塩素濃度の低減化に取り組んでいます。水源状況の良い事業体からはさらに0.05mg/L程度に低減したいとの要望もありました。

 残留塩素濃度を定めた水道法施行規則制定から50年が経過し、残留塩素濃度の測定法の変更、新しい測定法の開発、配水区域への自動連続測定計器の導入と24時間連続監視の実現など、残留塩素管理に関する技術の改良・高度化が進んできました。しかし、保持すべき濃度を低減化した場合、現状の微生物的な安全性を維持できるか?とか、変更した濃度を配・給水区域全域にわたって確実に保持できる水質管理ができるか?等の検討が必要です。

 このような背景から、日水協では「残留塩素管理に関する調査専門委員会」を設け、一定の結論をまとめました。
@ 水道水中の残留塩素濃度0.1mg/Lで消毒効果が十分であるほか、従属栄養細菌等の復活・増殖を抑える効果も認められた。
A 現状の連続自動監視計器による給水栓水質管理では0.1mg/L未満への低減化は衛生上対応が困難であり、新たな計測機器の開発が待たれる。
B 手分析による測定方法の必要要件
 1) 検量線の直線性がありユーザーが傾きを調整できる。
 2) 残塩濃度の表示間隔は少なくとも0.01mg/Lある。
 3) 測定中に測定溶液に直射日光が当たらないような遮光をする。
 4) 採水現場の測定に耐える防水性がある。
 5) 調製試薬は測定値や遊離残塩や結合残塩の分別に影響を与えるようなものを含まない。

2009.04.09

食品工場の地下水問題(2008.12.15水道産業新聞)

 08年の末に、千葉県柏市にある伊藤ハムの食品工場で使用していた水から基準値を超える「シアン」検出され、工場で製造されたソーセージなど200万個近くの製品が回収されるという社会問題となりました。事件が発覚した当時、一部のマスコミが「次亜塩素酸ナトリウムの貯蔵管理状況が不十分なため品質が劣化し、シアン化合物が生成された可能性が高い」と報道し、水道事業者には衝撃的なニュースとして取り上げられました。ある程度化学的な知識を持つ人は、「次亜塩素酸ナトリウムの劣化そのものがシアンを生成するものではない」ことから、真相の究明に関心が寄せられていたことも事実です。
 伊藤ハムの調査委員会の報告によれば、「アンモニア態窒素を多く含む原水(地下水)を塩素処理する際に、有効塩素濃度の低下した次亜塩素酸ナトリウム溶液を使用し、更に、その使用量を少なくしたため結合残留塩素が発生して、結合残留塩素と有機物が反応してシアンが生成されるメカニズムができてしまった。」としています。
 塩素消毒によるシアンの生成は、有機物と窒素源が存在する条件下でおこる可能性があります。塩素の量が十分で、遊離塩素処理(ブレイクポイント処理)がなされている状況では問題がありません。塩素量が不十分な状態での結合塩素処理がなされた場合、塩素と窒素源が反応してクロラミン(結合残留塩素)ができますが、それが有機物と反応してシアンが生成されます。

 伊藤ハムの報告書をまとめますと
@ 原水(地下水)が比較的窒素分の多い水質だった。
A 有効塩素濃度が低下した次亜塩素酸ナトリウムを使用し、更に、使用量を少なくした。(ポチの推測ですが、塩素酸含有量を低く抑えるためでしょう。)
B このため、結合塩素が生成した。
C 結合塩素が有機物と反応してシアンが生成された。
となります。

 今回の事故は民間事業者が自ら管理する専用水道で起こったものですが、同じことが水道事業体で起こらないとは言えません。
@ 原水の特長を十分把握すること。
A 適切な塩素処理を行うこと。
B 次亜塩素酸ナトリウムの保存管理を徹底すること。
C 次亜塩素酸ナトリウム劣化時に生じる塩素酸量への配慮
等、塩素処理の工程に万全を期す必要性がクローズアップされた事件であったと思います。

<参考>塩化シアン
 塩化シアンは、シアンを塩素処理すると生成するが、アンモニウムイオン、有機前駆体と残留塩素との反応によっても生成する。塩素消毒およびクロラミン消毒の副生成物の一つである。塩化シアンの分解は、中性〜酸性域では遅い。
 塩化シアンは、沸点12.7度C、融点―6度Cの気体である。生体内でヘモグロビンとグルタチオンによって急速に代謝されてシアンイオンになるとされ、経口急性中毒のLD50として6r/Kgが報告されています。
 

2008.05.03 初版
2009.01.10 B−1「食品工場の地下水問題」を記載
2009.04.09 タイトルを「次亜塩素酸ナトリウムについて」から「塩素消毒」に変更。「A 水の消毒と塩素の特性」「B 塩素消費の特性」を追加記載。D−1「食品工場の地下水問題」の内容を一部捕捉