技術の継承

はじめに

 全国の水道事業体が同じ傾向にあると思われますが、大量の退職者が出る一方で、新規採用者はかなり絞っている状況が見受けられます。このままでは水道事業そのものが立ちいかなくなることが容易に予想できますが、大量退職者の確実な補充を行うことは行財政改革推進の方向性に背くことになりますので、具体的な事業運営構想を持たずに人員縮減が始まっているのが現状ではないでしょうか。
 いずれにしろ、水道事業の大部分を公務員が担うという時代は終わるということ。その結果として、最先端の現場業務をできるだけアウトソースして民間に移し、本体は少数精鋭で事業運営していくという方向になるのでしょう。ただし、少数精鋭とした組織の職員が民間移管した現場技術を知らないでいいということにはならないので、経済性の追求とともに民間との人事交流等も視野に入れて、技術が継承していく仕組みを考える必要があります。

1.技術の継承への取り組み

 水道技術の継承として期待できる取り組みとしては、概略次のものが考えられます。

@ OB技術者の活用
1)水道事業体において今まで技術基盤を支えてきたOB技術者の中小事業体への派遣
2)優れた技術を保有しているOB技術者を紹介・検索ができる水道人材バンクのような登録制度の創設。
A 伝承すべき知能・知識のマニュアル化やデータベース化。
水道事業体内のマニュアル化やデータベース化を利用し、個々の事業体の枠組みを超えたマニュアル化やデータベース化も有意義である。
B 技術者育成のための研修施設や研修カリキュラム、研修講師の充実
C 水道事業体において計画的な施設整備を実施することによる技術の伝承機会の創出
D 近隣水道事業体との業務提携の推進
E 民間等が持つ技術力の活用

 民間技術力を高め、水道事業体が要求する技術の確保を図るため、官から民への技術の継承も必要である。

2.事業体のあり方

1)課題

@ より高度な技術が必要となる。
 「水道水の安全性・おいしさ・快適性」等需要者ニーズの高度化・多様化により、水道事業の現場では今以上の高度な技術が要求されるようになります。

A 水道技術の特徴
 水道はいわゆる汎用品的な技術とは異なり勘と経験に支えられている技術も多く、経験の蓄積で習得した技術を継承することは一筋縄ではいきません。単に業務を委託に出せば解決するというものでは片づかない面があります。

B 自治体人事制度の悪影響
 職員数200人超の事業体の平均勤続年数は21年、20人以下の事業体では約12年(内、1〜2年が84事業体ある)と、小規模事業体であるほど業務に精通したベテラン職員が育ちにくい状況となっています。
 また、技術職員に対して、スペシャリストではなく、ジェネラリストの育成に重きを置く風潮があります。このため、専門性の高い技術者を養成することが非常に難しくなってきています。

継承すべき技術例としては次のものが考えられます。

ア 危機管理
・自動運転中の浄水システムにおいて、設定範囲を超えた原水水質の突発的変動が起こった場合、適切な薬品注入率を決定する
・何らかの原因で送配電がストップしたときの対応
・給水制限を出来るだけ公平に行うための弁操作ノウハウ
・漏水調査ノウハウ

イ 施設計画の策定
・沈殿・濾過方式等の浄水方式の選定
・高度浄水処理等新技術の研究知識
・管網解析を含む管網整備計画

ウ 水道施設の設計施工技術
・水密コンクリート構造物の築造方法
・耐震設計
・水管橋
・非開削工法
・防食技術

エ 意志決定
・経営面も加味した高度な技術的判断が出来る人材

2)対策

@ 人材の育成
 我が国の水道は伝統的に官の事業でした。公益性の強い水道事業の運営は、官がイニシアティブを取り続けるというこれまでの流れを今後も継続されるのが望ましいことでしょう。第3者委託が制度化されたと言っても、水道事業全般にわたる責任は、あくまで水道事業者が負わねばなりません。住民に安全な水道水を安定供給する責務は、基本的には水道事業を経営する水道事業者にあります。このため、事業者は直営ですべき業務は何か、その業務を遂行していくにはどのような技術者が必要であり、その技術者を育成していくにはどのような手法を選択するかということを真摯に考えなくてはなりません。これまでに比べれば少ない人員で、複雑化・高度化する水道事業運営にいかに対処していくのかが課題です。
 安全・安定・安価な水道事業を運営していくために、水源から蛇口までの水道システムの知識と現場ノウハウからなる総合水道技術が確立されています。水道技術者としての精神とこれら総合水道技術を継承できる人材の育成がとりわけ大事となります。

A 経営体質の強化
 直営ですべき技術の選択を行う際には、経営状況の分析を行い、将来の道筋を示す戦略を立てなくてはなりません。老朽化した水道施設の計画的更新、原水汚染対策、受容者のニーズの高度化・多様化に対処する水質管理の徹底や高度浄水処理等新たな施設整備、水道施設の耐震化、応急給水体制の整備という克服すべき課題を念頭に置いた経営基盤の強化策の道筋をハッキリと示す必要があります。具体的には、水道の広域化、民間も含めた第3者への管理委託等の選択肢を十分吟味して、対応策を練り上げることです。具体的な技術の継承方法は、経営体質の強化策を踏まえたものでなくてはなりません。

B どういう技術を継承していくべきか?
 「どういう技術を継承していくべきか?」を選択していくには、維持管理の実態や施設の現状を把握する必要があります。
 業務を委託するにしても、官には必要な技術を調達したり、調整したりする技術力が必要となりますし、職員が直接触れられる分野を残しておく必要もあるでしょう。現場の技術の素養がなくては、計画・企画といった技術部門の総合的な仕事は満足には出来ない面もあります。

 コア業務を事業体が行い、準コア業務は3セクか委託化という考えがあります。しかし、コア・準コアといった業務区分は大変難しいし業務の性質は時代により変化する要素もあります。現時点では、権力行政や計画・経営・判断業務がコア業務と考えられています。コア業務と準コア業務の間にはスペシャリストを必要とする業務要素が多分にあるものと思えますが、コア業務だけしか受けもたないとすると、その組織ではスペシャリストは育ちにくい環境になります。

 技術職員に対して、スペシャリストではなく、ジェネラリストの育成に重きを置く風潮が主流になりつつありますが、スペシャリストはもはや必要ないのでしょうか?3セクにはスペシャリストを育てる役割もありますが、自治体にスペシャリストを育てる体制がなくなりつつあるのが問題とならないのでしょうか?ゼネラリストの技術者は、人材育成という面では実に中途半端な職種といえます。

C 自治体の人事制度の影響が大きい。
 市長部局との人事交流硬直化した組織人事を立て直す効果は大きいのですが、技術の継承という面で見ると問題もあります。
ア.定常的な新規職員の雇用
 将来の職員構成を描き、ブランクの出来ないよう配慮
 女性の採用を促進すべき。(水道のお客の主たるものは主婦)
イ.定年対象である60歳以上の人の活用促進
 再雇用制度=有用な人材の活用

D 技術の継承を具体的に行うには?
ア.研修
 技術の継承は「ひと」の対応であり、日常業務の中で行うのが効果的です。(OJT)
 専門的職務指導員制度(職員や再雇用職員OBの優れた知識・経験を持つ人材による研修制度)
イ.業務のマニュアル化
 マニュアル化によりある一律のレベルで業務を遂行する(使いこなす)ことは出来ます。ただし、引き継ぐべき技術はマニュアルで表現できるものばかりではないし、仕事を取り巻く環境が変わってくれば、その実効性に疑問符がつくことも予想されます。
ウ.過去の修繕履歴のデータベース化
 独自の耐用年数を設定し機器の延命化を図る効率的経営に不可欠です。

2.民間企業のあり方

@ 民への技術の継承
 水道のキーワードが「安全な水」であることは官でも民でも十分意識しなければなりません。そのために用いる技術も然りです。しかし、水道事業体で職員定数の確保がままならない状況がある中で、経験や勘の必要な現場技術は、官と民の連携によって受け継いでいく必要があります。官から民への業務の移行は不可逆的に発生することになるでしょう。
 そのためには、専門民間企業の育成が急務となります。民が水道事業を問題なく受け継いでいくためには、民からも水道事業の持つ技術の継承を求められています。民はノウハウを授けられることを切実な思いで待っているともいえます。
 しかし、現状の制度では、民への技術移転は困難なところが多いのも事実です。制度の工夫により、官民の枠を超えて技術が発展する工夫が必要となります。

A 水道事業体の定年対象となる60歳以上の職員の活用促進
 定年を迎えても有用な人材を引き続き活用することは必然的に行われるようになります。水道施設運転管理を専門とする民間企業へ定年退職者を再就職させるための紹介・斡旋システムの構築が急がれます。

水道ビジネスモデルとしては次のような形態が考えられます。
ア ブロック内の主要事業体が参画した共同事業モデル
イ ブロック内の大手事業体と形成した共同事業体(3セク)が周辺の中小事業体の業務を受託するモデル
ウ 民間企業による共同受注モデル

2007年からは、以上のような水道管理会社により、定年退職者の技術ノウハウを活用した水道ビジネスが安全・安心を目指した水道運営に貢献していくことになるでしょう。その後、技術が十分民間に継承されていけば、民間企業の独自採用の増加により民間化が本格化すると思えます。

また、小規模水道の運営管理における共同委託化も起こってきますが、
ア 共同化による利点の把握
イ 共同管理の課題整理
ウ 受け皿作り
が課題となるでしょう。

B 技術の認定
 民における技術研修も大切な課題です。研修のあり方としては、スキルアップに実益を結びつけられるような形に導くのがベストです。
水道施設管理技士制度はスキルアップと実益の伴う望ましい形です。給水工事主任技術者の国家資格取得を奨励することも有意義と思えます。

3.技術の継承に関するトピックス

(1) 技術の継承へベテラン職員を認定

 東京都水道局は、浄水場の運転や漏水防止などの技術を持つ団塊世代の職員が大量退職期を迎えているため、ベテラン職員を認定して技術の継承を図る制度を設けました。既に30人を認定しており、技術や経験を文書や映像で残す作業がスタートしています。
 施設設計や浄水場運転、水道管の維持管理、漏水防止などの8分野について、特定分野で10年以上携わった経験があり、後進の指導に意欲的な職員が選ばれています。
 認定された職員は、所属職場でのアドバイスに加え、ほかの部署からの問い合わせに答えノウハウを伝えます。やりとりはQ&A方式で記録に残し、若手、中堅職員らが参照できるようにします。
 認定技術者が文書や映像を残す取り組みでは、例えば従来、手取り足取りで教えていた水道管の維持管理などのノウハウを残すことに使われます。
 職員の技術習得で同局は、他の部署が設けている検討会に技術者を出席させ指導を受けさせるといったことにも取り組みます。
 都水道局は「水道技術は長年の経験の集積。簡単に継承はできないが、若手、中堅職員が育っていく中で助けになればいい」としています。

(2) 「水守」登録制度をスタート(2009.1.9官庁速報)

 熊本市は、市の豊富な水資源のPRや保全活動に取り組む人を「水守」として登録する「くまもと水守」制度を2009年度から始めます。水保全活動を行う人をネットワーク化し、情報交換や連携活動を促進し、水の魅力を生かしたまちづくりを目指すそうです。
 講習を受ければ在住場所を問わず、誰でも水守になることが可能です。水のおいしさをPRできるシェフなら「料理人水守」のように、それぞれの活動に合った名称で登録し、随時、市に活動内容を報告します。市は情報を集約し、水守の要請に応じて同様の活動をしている水守を紹介するなど、制度を情報バンクとして生かします。初年度は50〜100人の登録を目指しています。
 また、水守に登録されると、市のホームページ上に自分のページを作り、活動内容のPRができるようになります。市は、オリジナルのバッジやカードといった「水守グッズ」を交付するなどして、制度普及を図る考えです。

2007.05.07 初版
2007.12.09 まとめとしての「1.技術の継承への取り組み」を追加
2008.11.11 「3.技術の継承に関するトピックス」を追加
2009.01.20 「3−(2)「水守」登録制度をスタート」を記載