水道水源の水質保全対策

はじめに

 このテーマは、「水道環境」では取り上げられていますが、「上水道及び工業用水道」では、最近はあまり出題されなくなったような気がします。しかし、過去には一般論文や選択論文に数多く出題されています。ここでは、水質保全対策について総括的にまとめてみました。参考にして下さい。

<過去の出題>
H23年B 水源貯水池及びその集水区域における水質保全対策について述べよ。
H19年   次に示す図表は、「河川・湖沼等の水質の推移」及び「生活環境の保全に関する環境基準:河川(湖沼を除く)」である。これらを参考にして、これまで上水道及び下水道がそれぞれ実施してきた技術的対応とその効果を述べると共に、今後の上水道及び下水道それぞれが解決すべき課題を抽出し、その技術的対応策について論ぜよ
H17年B. 貯水池内の水質汚濁が予想される場合、その保全対策について述べよ。
H16年  健全な水循環系を構築するための対応策として、水の効率的利活用、水質の保全・向上に焦点をあて、水道事業及び下水道事業の両事業についてとるべき対策を述べよ。
H14年A.「水道原水水質保全事業の実施の促進に関する法律」の制定の背景と目的について述べよ。
H11年A.水道水源の保全と水質事故対策について述べよ。
H9年   水道水源の環境変化に対応した水道のあり方について課題を挙げ、あなたの考えを述べよ。
H7年B.ダム湖等の富栄養化に伴う水質問題及びその水質安全対策について述べよ。

A.水道水源保全に関する関係法令

1.水道水源保護条例について

 平成5年頃から水道水源の保護を目的とした地方公共団体の条例が制定されるケースが増えています。平成13年3月の厚労省調査では、全国180市町村等で水源保護条例が制定・施行されているようです。
 条例の多くは、水道法第2条1項の「水源及び水道施設並びにこれらの周辺の清潔維持と水の適正かつ合理的な使用に関する地方公共団体の責務」を根拠にしています。水道の原水取水に係る区域を対象とし、水質汚濁をもたらすおそれのある特定の行為の禁止や、特定の事業場設置に際し協議を求め、場合によっては設置を禁止するという方法がとられていて、罰則を科している場合も多くあります。規制対象事業としては、産業廃棄物処理業、採石業、砂利採取業、ゴルフ場等です。

 また、このような条例による規制以外の方策として、水源保護等の要綱・要領の制定、基金の制定、水源涵養林への関与、流域協議会の設置・参加、上流廃水処理施設への援助といった取り組みもされています。

2.水源二法について

 平成4年の水道水質基準の改正を契機に、既存法の枠内では対応できないトリハロメタンや異臭味等の対策について、水道原水の水質悪化の原因が主として生活排水であって、事業の実施により問題の解決ができるものについて、「水道原水水質保全事業の実施の促進に関する法律」(厚生労働省、国土交通省、農林水産省)が制定されました。
 また、トリハロメタン対策として生活用水に加え工場排水も原因であり、工場排水の規制も必要な場合に適用できる「特定水道利水障害の防止のための水道水源水域の水質の保全に関する特別措置法」(環境省)が制定されています。この2つの法律を水源二法と呼んでいます。

1)  「水道原水水質保全事業の実施の促進に関する法律」(通称:事業促進法)

@ 水道原水水質保全対象事業
ア.下水道の整備
イ.屎尿処理施設の整備
ウ.合併処理浄化槽(集合処理型、各戸設置型)の整備
エ.家畜の糞尿を堆肥とするための施設整備
オ.水道のように供する土地に隣接する土地の取得
カ.河川の浚渫、導水等の事業
キ.その他政令で定める事業

A 事業実施の方法
 水道事業者は、浄水場の措置だけでは水道水の水質基準を満たさない恐れがある場合、都道府県に対し、水道原水水質保全事業の実施を要請することができます。
 要請を受けた都道府県又は河川管理者は、保全事業の実施の必要性が認められれば、都道府県計画又は河川管理者事業計画を策定します。そして、水道事業者から計画内容の同意を得なくてはなりません。

B 計画事業の促進措置
ア.水道事業者は保全事業費用のうち、既存計画に対して新たに加えられた事業費に対し負担します。
イ.合併処理浄化槽(各戸設置型)の整備事業をする市町村は、雑排水を排出する者に必要な助言又は勧告をすることができます。また、国は補助金を支出できます。
ウ.国や地方公共団体は事業の実施に必要な資金確保の支援措置を講じなければなりません。
エ.事業を円滑に実施していくため、事業実施関係者の協議会を組織することができます

2)  「特定水道利水障害の防止のための水道水源水域の水質の保全に関する特別措置法」(通称:特別措置法)

 この法律は、水道の浄化施設における浄化処理に伴い副次的に生成するトリハロメタンの障害を防止するため、水道事業者の要請により、環境大臣が水域や地域を指定し、都道府県知事が水質保全計画を策定して、水道水源水域の水質保全を図るための規制や措置を総合的に実施するものです。
 トリハロメタン対策は生活排水が主な原因であり、一般的には、事業促進法のみが適用されますが、生活排水に加えて工場排水も原因である場合に、事業促進法と特別措置法の両方が適用されることになります。
 平成15年6月現在、この法に定める水域や地域の指定はなされていません。

3.湖沼法の改正と面源負荷対策

 平成17年6月に湖沼水質保全特別措置法(湖沼法)が改正され、非特定汚染源による汚濁負荷対策(面源負荷対策)が強化されることになりました。法改正の背景には、BOD又はCODの環境基準達成率が湖沼では55.2%と低く、全窒素・全リンも依然低い状況にありました。湖沼法の指定10湖沼(霞ケ浦、印旛沼、手賀沼、琵琶湖、児島湖、中海、宍道湖、釜房ダム湖、諏訪湖)の水質基準(COD等3項目)の達成状況も、基準を全く達成できていません。昭和60年以降の指定湖沼では、ほとんどの湖沼で市街地や農地から流出するいわゆる面源系負荷の占める割合が増えていて、霞ヶ浦への流入河川負荷では、面源負荷がCODで49%、全窒素で42%、全リンで26%を占めていました。

 改正湖沼法では、工場・事業場に対する負荷量規制、生活排水対策等の点源負荷(特定汚染源負荷)対策として、これまで新増設の工場・事業場についてのみ実施していた負荷量制限を既設事業場に対しても適用されるようになりました。

 また、改正の目玉である森林・農地・市街地等から流出する汚濁負荷(面源負荷)に対しては、平成17年12月12日に国土交通省(河川局、下水道部)、農林水産省、林野庁の3省庁が連携して、湖沼の水質保全のための面源負荷について調査・分析・削減に関する「湖沼水質のための流域対策検討会」を設置しました。H18年3月までにとりまとめる方針です。
 検討事項は
@ 河川・湖沼における汚濁負荷流入量の定量的評価
A 汚濁負荷による湖沼・河川への影響評価
B モデル流域における非特定汚染源対策についてのケーススタディ
C 非特定汚染源対策
の4点です。

 対策が必要な地域を「流出水対策地区」として指定し、面源汚染源対策としての公共事業をより効果的に実施する観点から
@ 流入河川・湖沼における浚渫、れき間浄化、植生浄化、導水
A 都市からの初期流出水対策
B 森林域における森林の適正な管理、水質保全施設等の整備
C 農業用排水路におけるれき間浄化、植生浄化
などを検討対象に絞り、調査を進めます。

4.湖沼の水質指標に「利用しやすさ」を考慮(2008.2.4日本水道新聞)

 我が国には多くの湖沼があり、飲料水等水資源や水産資源の育成等において重要な役割を有する等、国民生活にとって重要な資産となっています。問題は水質の改善が進まず、平成18年度公共用水域測定結果によれば、BOD、CODの環境基準達成状況は約6割に過ぎません。こうした状況の中で、今後湖沼の水質管理や対策を進めていくには、従来のCODだけでなく、多様な視点での水質評価や住民と連携した水質管理に資する水質管理を行い、湖沼の水環境を総合的に評価することが重要です。
 国土交通省は、湖沼の水質について多様な視点から評価するため、湖沼の「新しい水質指標」を検討しています。新たな指標は
@ 人と湖沼の豊かなふれあいの確保
 水遊び、スポーツ、釣りなどの親水活動が行いやすい水質であるかを評価
A 豊かな生態系の確保
 多種多様な生物の生息、生育、繁殖環境として良好な水質であるかを評価
B 利用しやすい水質の確保
 水道水源として利用しやすい水質であるかどうかを評価

B.ダム・貯水池内の水道水源保全

1.富栄養化とは

 湖沼や内湾・内海等の閉鎖性水域で問題にされることが多いですが、ここではダム湖を含む湖沼における富栄養化について説明します。

 自然界において湖沼は、数千年のスケールで見た場合、貧栄養湖→中栄養湖→富栄養湖→低層湿原→森林というかたちで推移します。このような湖の栄養状態の時系列的変化を自然的富栄養化といいます。
 これに対して、生活排水や工場排水の流入を伴う人間活動に伴う変化を人為的富栄養化といいます。
 一般的には、水域内の栄養塩の増加と植物生産の増加に起因する水域生態系の変化を広く富栄養化と呼んでいます。富栄養化の程度は、流入する栄養塩濃度、滞留時間等の水理特性、温度、日照等の気象条件等が関係しています。
 湖沼で滞留時間が比較的長い場合は、栄養塩濃度がバランスよく保たれ、表層で光を受け、気温が上昇する等の条件が満たされれば植物プランクトンの異常発生を招くことになります。

 富栄養化に関係する栄養塩類のうち、比較的多量に必要なものは、無機炭素以外にリン・窒素です。植物プランクトンの増殖には、これらの濃度がバランスよく保たれていることが必要で、ある栄養塩の濃度が低い場合は増殖が制限されます。富栄養化対策の一つとして、リン除去施設を整備するのはこのためです。

 富栄養化が進むと、透明度の低下、アオコや淡水赤潮のような水色の変化による景観悪化、悪臭の発生、水生生物の斃死のほか、水道水の異臭味、凝集沈殿やろ過の障害を引き起こします。フォルミジウム等はカビ臭の原因物質である2−MIBを、アナベナ等はジェオスミンを生成することが知られています。

<注> 富栄養化対策として窒素除去対策がされない理由
 窒素は大気中に約78%ほど含まれており、大気圧(水柱約10m程度の圧力)で湖面に押し付けられている状態にあります。このため、大気中の窒素が湖水に溶け混んでしまうので、窒素除去は事実上難しいのです。

2.ダム湖内の富栄養化対策

1) 選択取水

 植物プランクトンの多発する時期に、表層を避けてより深い層から取水することにより、取水水質の改善を図るものです。

2) バッキ方式

 ダム湖の浅層あるいは深層に圧縮空気を送り込み湖水の循環や酸素供給を図ることにより、貯水池自体の水質改善を行う手法です。水道用貯水池では、昭和47年に、銚子市白石貯水池で間欠式揚水筒が設置されたのが最初です。
 バッキ循環方式は、湖水を鉛直循環させることにより、表層部の水温の低下、受光量の減少により、植物プランクトンの増殖抑制を図ります。
 深層バッキ方式は、酸素の乏しい低層部に酸素を供給して溶存酸素の改善を図り、着色を招く鉄・マンガン等の溶出や硫化水素の発生を防ぐものです。

3) 副ダム

 ダム湖上流部に副ダムを設け、粒子性の栄養塩を沈降除去することにより流入負荷の軽減を図るものです。

4) 流入水バイパス

 パイプラインにより栄養塩の多い流入水の一部をバイパス管を使用して貯水域以外に放出し、湖内への栄養塩の供給の低減や滞留時間の減少を図るものです。

5) 分画フェンス(アオコフェンス)

 貯水池表層部の上下流方向を止水のためのフェンスで仕切り、選択取水設備を併用して下流側へ栄養塩の流入を妨げるものです。
 濁水長期化の抑制や淡水赤潮の拡散防止にも用いられます。

6) 底泥の浚渫や固化

 湖沼の底には有機物を多く含んだ泥が沈殿堆積していて水質悪化の一因となっていることがあります。ポンプによる底泥の吸引や浚渫により有害土壌を除去したり、底泥を固化してリン等栄養塩類の底泥からの溶出を防止します。

7) 薬剤散布

 薬剤を貯水池に散布して植物の増殖を抑える方法です。薬剤としては、安価で少量で効果があり、人に無害で魚類や農作物に影響を与えないことが必要です。硫酸銅や塩素剤が一般的に使われています。

8) 植生浄化施設

 水辺のヨシ等の植物は水中の窒素やリンを除去し水質浄化機能を持っていることから、ヨシの群落を植生保全する植生浄化施設も有効な対策です。

3.流域における水質保全対策

1) 排出源からの排水規制

@ 工場・事業所等の排水規制
 工場・事業場等については水質汚濁防止法に基づく排水基準による排水規制が基本となります。自治体が条例により法よりもさらに厳格な上乗せ規制を行うことも可能です。最近では、排水の再利用化が進み、新たに立地する工場等に対して協定等により、用水のクローズドシステム化を求めることもあります。

A 家畜糞尿対策
 家畜糞尿の野積みや素堀処理を無くすため、家畜排泄物の管理の適正化及び利用の促進に関する法律(平成11年制定)に基づき、施設管理基準の遵守資源としての利用促進が図られています。

B 農地からの汚濁負荷の低減
 田畑への施肥方法・施肥量等の適正化や水田の水管理の改善策を講じていくことも大切です。

2) 下水道施設の整備

 湖沼や都市内中小河川の汚濁負荷における生活排水の割合が高まっていますので、生活排水対策として、下水道農村集落排水施設合併処理浄化槽等の施設整備を、計画的かつ集中的に進めることが重要です。必要に応じて、窒素・リンの高度処理の導入も検討することが必要です。

3) 浄化対策事業の実施

@ 浄化用水の導入
 水質悪化をきたしている支川河川の流況改善策として、流量の豊富な本川等からの導水路により水量を補給するものです。

A 河川内浄化施設
 河川内や新たに設けたバイパス水路等に、れき間接触酸化装置エアレーション設備により直接浄化を行うものです。
 水辺のヨシ等の植物は水中の窒素やリンを除去し水質浄化機能を持っていることから、ヨシの群落を植生保全する植生浄化施設も有効な対策です。

4) 土地利用の適正化

 ダム貯水の水質保全のため流域において、森林法・自然公園法・自然環境保全法等により保安林制度開発行為に対する許可制度を設けています。自治体によっては、要綱等により開発の際に環境アセスメントを含めた土地利用の指導を行っているケースもあります。廃棄物処理施設等の建設において、有害物質による水源水質の汚染が懸念される場合には、開発者と自治体とが公害防止協定等により個別の取り決めをする例もあります。
 森林は水質保全機能の他に、土壌浸食や崩壊による水源への土砂の流入の軽減など、水源の保全・涵養機能を持っていますので、水源涵養林の育成も重要です。

4.バイパスシステムによる水源水質保全策(2007.03.15、20013.7.8水道産業新聞)

 札幌市は水道水源の98%を豊平川に依存しています。豊平川は上流の集水域が開発規制されている国立公園や国有林であるため、水質は良質です。ただし、豊平川上流域には川底にヒ素等を含んだ自然湧水が流入していて、原水のヒ素濃度は水道水質基準(0.01mg/L)を超過しています。
 そのため、自然勇水直下に堰を設けてヒ素に汚染された湧水を取水し、途中で下水処理水も取り込み、浄水場の取水地点よりも下流に放流するバイパス導水設備(導水日量約16万m3、内径2〜2.2m、大半はシールド工事)を整備します。
 このバイパス導水設備は、豊平川での水質事故や高濁度水が発生した際、この導水路の水によりある程度の原水量を確保し、断水を回避し得るメリットもあります。
 総事業費は187億円で平成32年の完成を目指します。

4.富栄養化以外の水質問題

1) 冷水現象

 冷水現象とは、ダム貯水池内に流入水が長期間滞留し、ダム下流に放流する水の水温がダム建設以前の水温に比べて低下する現象をいいます。ダム湖の水温成層状況と取水口の位置との関係がポイントになります。
 晩春から夏季にかけてダム湖表層部の水温が高くなると、表層部は下層部より水の密度が小さくなり、水深方向の混合がみられない安定した状況である水温成層が形成されます。この場合、ある水深(5〜10m位)から急激に水温の低い温度躍層ができます。放流口(取水口)が中・低層にあると、温度躍層の水を放流することになり、冷水現象が発生するのです。冬季になると、上層部の水が冷やされて、下層部に比べて密度が大きい不安定な状況になり、大規模な対流が生じて水温成層は消滅します。
 
 冷水現象は水道としては利用上問題とはなりませんが、稲作や稚魚の養殖には影響を与えますので、選択取水設備による表層取水に切り替える対応がとられます。

2) 濁水長期化現象

 洪水時にダムに流入した濁水粒子が微細であると貯水が長期間濁水化し、下流の放流水質が長期にわたって高濁度化します。この現象を濁水長期化現象といいます。温度成層が形成されているダム湖に濁水が流入すると、その密度と等密度の層に流入し、密度流となって濁水層を形成します。
 濁水長期化現象は浄水処理阻害、魚類・海苔への影響、景観阻害等の悪影響を及ぼします。特に緩速ろ過方式の浄水場では処理しきれなくなる事例があります。
 対策としては、流域対策として、濁質発生を抑制するための森林整備、治山対策、砂防・地滑り防止対策があります。ダム湖内の対策としては、洪水出水時に、バイパス水路や選択取水設備により高濁度層を選択的に放流することが基本です。

2006.01.18 初版
2006.01.25 「湖沼法の改正と面源負荷対策」を追加。部分的な内容修正
2007.12.24 「8.水質保全対策関連のトピックス」を追加
2008.02.19 「8−2.湖沼の水質指標に「利用しやすさ」を考慮」を追加
2013.09.23 「水道水源の水質保全対策」とタイトルを変えて、記述内容の全面改訂