海水の淡水化

はじめに

 海水の淡水化は、河川水や地下水の開発が困難な離島を中心に小規模な開発が進められていましたが、最近では、渇水が頻発する沖縄県や福岡市において大規模な海水淡水化施設が建設されています。ダムサイトの適地が少なくなっていること、ダム建設は水源地域への影響が大きく、かつ、相当な期間を要すこと等、ダムの建設による水源開発が事実上困難になっていることも背景にあります。
 海水は、地球上に無尽蔵に存在すること、気象変動の影響を受けにくいこと、必要な時期に必要なだけの水源確保ができること、臨海地域に人口が集中している日本の社会構造に適していること等から、地域によっては安定した水源として注目され始めました。
 海水淡水化の手法は加熱による蒸発法、電気分解による電気透析法、膜を利用する逆浸透法があります。我が国では、当初、塩分濃度の制約のない蒸発法が導入されましたが、最近では、エネルギー消費量が少なく維持管理が容易な逆浸透法が主流となっています。
 以下、逆浸透法による海水淡水化を検討する際の留意点について紹介します。

1.需要予測と水源計画の策定

 まず、水需要の面から、将来の人口の動向、企業誘致計画や都市整備計画等の都市政策、節水対策の推進計画、経済の見通し等を踏まえ、水需要の増減量を算出します。
 次に、水供給の面から、ダム・河川水・地下水等の既存獲得水源量の確認、新規ダム開発や他用途余剰水の買収の見通し等、水源獲得の見通しや費用、課題等を慎重に検討します。
 水受給を総合的、現実的に比較検討した上で海水淡水化による水源開発の必要性を確認します。

2.海水淡水化システムの概要と留意点

1) 海水淡水化施設

 海水淡水化施設は原水設備、調整設備、逆浸透設備、放流設備から構成されます。
 計画取水量=(必要生産水量÷回収率)+(作業用水量)+(その他水量)
  回収率:標準的には30〜40%、最近では60%と高率なものもある
  作業用水量:洗浄水量、サンプリング水等

@ 原水設備

 取水方式は表層取水方式、海底取水管方式、海岸井戸方式、浸透取水方式があります。逆浸透膜の処理機能を長持ちさせるためと、安定して良質な処理水を得るため、清澄度が高く、水温や水質が安定し、海生生物の影響を受けにくい取水地点を選定する必要があります。
 海域より直接取水する場合は、表層では海生生物の生息が多く、海底付近では底質の影響を受けやすいため、一般的には水温・水質の安定した中層から取水します。
 海岸井戸や浸透取水の場合は、自然ろ過作用により清浄ですが、土壌成分の溶出や地下水・汚染排水が流入する可能性があります。
 取水口、取水路、取水槽、ポンプ等、海水と直接接触する構造物は海生生物の付着、砂泥や波浪による障害対策が必要です。

A 調整設備

 逆浸透膜に濁質やスケール成分の多い海水を供給しますとすぐに目詰まりを起こし処理能力が低下します。したがって、膜処理工程の前に海水中の不純物の除去を目的とした調整設備を設置します。調整設備の処理方式や処理内容は、取水地点の海水の季節変動や赤潮の発生等を十分に調査した上で決定します。処理水水質の安定性、維持管理の容易さから、凝集ろ過(アンスラサイトと砂の2層ろ過)二次ろ過(ポリッシングろ過)の2段ろ過が多く採用されています。

B 逆浸透設備

 逆浸透設備は保安フィルター、高圧ポンプ、動力回収タービン、逆浸透膜設備、淡水水槽等で構成されます。これらの設計にあたっては、膜モジュールの性能や特徴を理解し、その性能を十分発揮させるよう配慮します。
a 保安フィルター
 保安フィルターは高圧ポンプや逆浸透膜モジュールに異物が混入しないよう、調整設備で前処理をした海水に混入している微細な異物を取り除く装置です。
b 高圧ポンプ
 高圧ポンプは、膜モジュールの供給水側に浸透圧以上の運転圧力をかけて、海水から塩分を除去させます。運転圧力は膜モジュールの許容圧力の範囲内で、水温や回収率を考慮して、動力費が経済的になる点に設定します。一般的には回収率30〜40%、水温30度以下で5〜6.5MPaです。腐食性の高い海水を扱うこと、必要エネルギーの65〜85%はポンプの運転に消費されることから、高効率で、高い信頼性と耐久性・耐食性に優れたポンプを選定する必要があります。
c 動力回収タービン
 膜モジュールでは供給水量の30〜40%が淡水化され、残りの60〜70%は濃縮海水として排出されます。この排出海水の圧力は5〜6MPaありますので、動力回収タービンは、濃縮海水の圧力エネルギーを回転力の形の機械エネルギーに変換して回収する装置です。回収されたエネルギーは高圧ポンプを駆動する電動機の補助動力として利用します。
d サックバック水槽
 サックバックとは、高圧ポンプが停止すると、逆浸透膜内部では正浸透の状態になって透過水が逆流する現象をいいます。サックバック時に透過水量が不足すると膜内部に空気が混入し、再稼働時に膜に悪影響を及ぼします。それを防止するための透過水補給用水槽で、淡水水槽を兼ねることもあります。
e 膜の洗浄
 膜モジュールは長時間運転をすると汚れが生じ、生産量の減少や運転圧力の上昇をひき起こしますので、高速流の低圧フラッシング、酸又はアルカリ剤を用いた薬品洗浄を組み合わせて定期的な洗浄を行います。
 長期間休止する場合は、逆浸透設備の内部を膜透過水で洗い流し、バクテリアや微生物の繁殖を防ぐために、保管液である重亜硫酸ナトリウム溶液を膜モジュールに封入します。
f 膜の故障発見について
 膜モジュールの故障発見のため、電導度計等で常時膜透過水を監視します。膜モジュールはブロック化し、どのモジュールの故障か発見しやすくする工夫が必要です。

C 放流設備

 放流設備は排水処理設備と濃縮海水等の放流設備から構成されます。排水の内容は、濃縮海水が概ね90%を占め、ろ過器洗浄排水、膜保管液の洗浄排水、膜モジュール洗浄液の排水、その他事業排水です。特に濃縮海水は塩分濃度が高いため、海生生物に悪影響を与えないよう放流地点や放流方式に配慮が必要です。環境影響調査や排水拡散予測を行って安全性の検証も不可欠です。
a 排水処理設備
 ろ過器逆洗排水は、「凝集→沈殿→濃縮→脱水」処理で行います。濃縮汚泥は塩分を含むので処分には配慮が必要です。
 逆浸透設備からの排水は、洗浄廃液貯留槽や処理槽でpH調整、バッキ処理、中和剤処理を行った後、濃縮海水と一緒に放流します。
 濃縮海水も、残留塩素、COD、pH等必要に応じて調整します。
b 放流設備
 濃縮海水と排水処理後のその他の排水とを合流させ、海域に放流するための設備です。
 放流される排水は、周囲の海水より密度が大きいので、放流後に沈降して低層に広がりやすい性質があります。内海や漁業に影響を及ぼす恐れのある箇所では、放流後すみやかに周辺海水と混合希釈できる工夫が必要です。放流速度や放流角度等について、水理模型実験等で行い検証することも考えられます。
 放流方式には、表層放流方式、水中放流(護岸部)方式、放流管方式があります。

2) 膜透過水の特徴と留意点

@ pHが低い(5.0〜7.0)

 透過水には二酸化炭素が多く溶解し、配水管の腐食性が高まるのでpH調整が必要となります。

A 硬度が低い

 単なるpH調整でなく、配水管の腐食保護の観点から、ランゲリア指数等を考慮して硬度成分の添加とpH調整を行う必要があります。膜透過水はCa、Mg等の硬度成分が極めて僅かですので、水の味の観点からもCa分添加は有意義です。

B 臭素(Br)イオンが多い

 臭素イオン濃度が高いため、塩素と反応し臭素系トリハロメタンを生じる恐れがあります。またトリハロメタン生成能の高い河川水処理水と混合して給水する場合は、混合後のトリハロメタン生成量に注意が必要です。

3. 送配水施設の整備

 海水淡水化施設の立地場所は臨海地域に限定されます。通常は給水の末端部ですので、大口径の送配水管やポンプシステムという新たな施設整備が必要となります。また、システムの電力消費についても考慮しなくてはなりません。

おわりに

 現時点では、海水淡水化による水源開発コストは、イニシャルコストはダムの開発に比べて安価です。ランニングコストは処理方法や導入規模により一概には言えませんが、一般的に膜の交換や電気代等の維持管理費が高価なため、長期的にみれば総合的な費用はダムに比べて必ずしも安いとはいえない状況です。
 ランニングコストは膜処理技術の進展により徐々に軽減される傾向にあります。また、ゴミ発電等の地域エネルギーによる電力を利用する等の工夫も有効です。
 海水淡水化の技術は、一般的な水道技術者の技術では対応できない面が多々あります。職員の技術力の育成・向上についても配慮が必要です。
 以上のように、海水淡水化を推進するには、導入の有効性の慎重な確認が重要です。

海水淡水化に関するトピックス

2009.11.09

下水+海水で工業用水を作る(2009.10.29中国新聞)

 下水や海水から工業用水を製造する実験が09.10.28周南市の徳山東部浄化センターで始まりました。近隣の周南コンビナートの慢性的な工水不足の解消を目的に環境プラントメーカー3社と山口大学が装置を設けて取り組んでいます。事業費は1憶6千万円で経済産業省の補助事業で国が全額負担だそうです。2010年3月までの実験で、24時間稼働させ、工水の水質確認、特殊膜の目詰まりチェック、運転コストを確認します。

 実験内容は、浄化センターの下水50tと海水15tを処理対象とし、下水は2種類の膜を用いて大腸菌などを除去し工水35tにリサイクルします。海水には余った15tの下水を混ぜて塩分濃度を低減させ、特殊膜を通し工水15tを作ります。海水に下水を混ぜて塩分濃度を下げることにより、工水化の電力消費が半分に削減できる見込みです。

 海水の淡水化はコストがネックだと言われています。工水は20円からせいぜい50円までが採算範囲だと思われますが、どの程度に収まるのでしょうか楽しみですね。

海水淡水化施設の資源の活用策を模索(2008.11.27日本水道新聞)

 福岡地区水道企業団では、海水淡水化施設「まみずピア」でのエネルギー使用量や環境負荷の低減などにむけ、神鋼環境ソリューション、三菱重工業、協和機電工業、佐賀大学の4団体から提案のあった技術9件について共同研究を行います。
 海水淡水化施設では、発生する使用済みの膜は、海水淡水化には使用できないものの、表流水などに対しては十分な性能を有していることから、海水淡水化以外の用途への適応に関する研究が行われます。また、海水淡水化施設ではUF膜3060本、高圧RO膜2000本、低圧RO膜1000本が用いられており、年間20%づつ交換する計画で、2008年度から大量の使用済み膜が発生すると共に、製造する淡水とほぼ同量の不純物のない高濃度海水が発生しており、これら資源の有効活用策を模索していました。さらに、施設は電力のみで運転しており、さらなる環境及び省エネルギー対策を進めるため、電力以外の広範なエネルギーの利用も課題となっています。

@ 広範なエネルギー活用技術
・エネルギー利用の効率化、自然エネルギー有効活用による環境影響低減技術の開発
・エネルギー回収技術
A 高濃度海水の有効利用
・高濃度海水利用有用生物生産しすてむ
・高濃度海水の電気化学反応による有価物質の回収と殺菌
・高濃度海水を用いた発電
B 使用済み膜のリユースなどの有効利用
・水処理膜の再利用による水源水質改善技術
・濃度差発電用の正浸透膜および炭水処理用膜への使用済み膜リユース
・使用済みUF膜および低圧RO膜のリユース
・下水再利用への適用技術

2005.05.23 初版
2008.12.05 トピックスの追加
2009.11.09 「下水+海水で工業用水を作る」を記載